重層下請け構造は解消すべき、という意見もあり、公共事業や大手ゼネコン系の仕事では重層下請けに規制を掛ける動きが近年盛んです。一例ですが、大手ゼネコンでは2021年4月から三次下請以下の重層は支店長許可が必要として、2023年4月からは原則二次下請けまで、というルールが設けられるなどしました。
こうした、大きな動きに対して、下請け会社の経営者からは「重層下請けを禁止されたら現場が回らない」という声も聞こえ、事業継続を不安視する見方も多かったです。
弊社にもこうした事業継続への不安から「M&Aでの会社や事業の売却は可能か?」という相談をいくつかいただきました。ここでは、重層下請け解消に対応するためにM&Aは有効か、その際の注意点は何か、という観点でお伝えできればと思います。
重層下請け問題とその影響
建設業やIT関連業や運送業などにおいては、元受⇒2次⇒3次・・というような形で下請けが連なり、一つのプロジェクトや業務を遂行するのに重層下請構造となっていることが多いです。
こういう構造になる理由としては、仕事を出す側の企業がコストダウンを目的として、自社の社員よりも単価の安い下請けの従業員で仕事をしてもらう、ということがあります。また、常に従業員を抱えると固定費がかさむことや、常に発生する訳ではない専門性の高い仕事を行うのに自社の従業員として雇用するのが難しい、などの側面もあるため外注という形で進めている実情があります。
重層下請け構造自体は良し悪しがあります。
良い面としては、仕事を出す側の企業としてコストが削減できるという部分があり、また、作業を細分化し、分担することで、生産効率よく作業を行うことができます。
悪い面としては、複数の業者が一つのプロジェクトに関わることで品質について責任の所在が分かりづらくなってしまうこと、実際に作業をすることなく中抜きをするだけの業者が入ることで作業をする下請けの利幅が減ってしまうこと、などがあります。
国土交通省の方では、こうした負の部分に着目し、重層下請け問題を解消しようという協議が行われており、実質的に施工に携わらない企業を施工体制から排除するため、一括下請負の判断基準を明確化すべきという提言もされています。
国の要請もあり、各都道府県の下請け制限への取り組みも進んでおり、公共工事で下請制限を導入する都道府県も増えており、また、鹿島建設など大手ゼネコンも声高に原則2次までの下請けで完結するようその下請け企業に対して求めています。
工事の種類によっても異なりますが、建築工事は3次まで、土木工事は2次まで、など重層下請けで許容される階層の基準があるようにも思います。
こうした重層下請けに国がメスを入れる、という動きは中小企業にも大きな影響があります。
今まではある程度「こういう仕事がきたら、この業者あたりに仕事を出そう」というのがあったとしても、それが重層下請けに繋がるようなものであれば、そうした方法が取れなくなるためです。
下請けの中でも上層に位置する立場の会社としては仕事が上からの要請がありながらもそれに従っていたら現場が回らないという危機感もあり、発注の構造を見直す必要に迫られたり、特例的に許してもらうような話を反復することもあるでしょう。また、下請けの下層になると仕事が来なくなるリスクもあり、技術者を抱えている中、事業継続が難しくなるのではという危機感もあります。
重層下請け解消の話が出てから少し経ちますが、実務的な部分に対応するために普通の工事でも特例扱いにして工事をするというケースもみられましたし、下請けのルール変更を逆手に取り、かつ、昨今の人材不足を背景に仕事を選別するサブコンが好業績を出すなど動きがみられます。しかし、交渉力が弱い下請け企業にとっては不利な状況に追い込まれるケースもあり、対応に追われているという現状もあります。
M&Aで重層下請け問題を解決できる?
こうした重層下請け解消の動きがある中で、M&Aを検討するという方も多いです。
検討している方については、例えばこういうお考えをお持ちの方がいます。
・現在3次受け、4次受けであり、利益率が低く、事業運営もカツカツ。重層下請け禁止の影響で仕事量が減少したら事業継続できない など
先行きが不透明な中、従業員を維持できないという不安を口にされる方が多いように思います。
重層下請けを禁止することで下請け企業の利益率を改善させようというのが重層下請け禁止の目的でもありますが、逆に、目先どういう影響が起こるかが読めない部分で不安を感じさせてしまっているという矛盾もあるようです。
下請け企業の中には、当月代金回収したお金を当月の従業員への給与支払いに充てているなど回転資金を持っていないか、確保するにも金融機関の与信枠が無い企業もあるため、長期的にみた利益率の改善よりも目先のキャッシュが大事と考える経営者も少なくないと考えられます。
M&Aでは、会社の株式を第三者に売却して経営主体を変える株式譲渡や、従業員や取引先との取引契約だけを譲渡する事業譲渡などといった方法が取られます。
M&Aを行うことで、例えばこういう効果が期待できるかもしれません。
②仕事の発注先にM&Aで取り込まれることにより、下請け構造の上の階層に移動することができる
③M&Aの買手側の資金援助を受けることで、当面の従業員雇用について安定させることができる など
①のケースは、例えば、大手電機メーカーの関連の工事を請け負っている電気工事会社が、その電機メーカーとは関係の無い、電気工事会社の買手に譲渡するようなケースです。
買手としては、仕事はたくさんあるのに工事に対応できる電気工事士がいないためM&Aを検討しているということなのであれば、M&A後は従来の電機メーカーの仕事ではなく、買手の持っている仕事に従事することもあると思います。これは重層下請けの階層からの離脱も可能になるかもしれません。ただし、あまり業務内容の変化が激しいと、従業員が順応できるかという問題も発生するため、ハレーションが起きないよう慎重に検討を進める必要があります。
②のケースは、例えば、ガス工事会社が元受けのガス会社と話し合った上で、同じグループの工事部門に引受されるというようなケースです。
重層下請けに規制が入る場合、「〇〇工事は〇次請けまで」という下請け社数の制限がかけられることが多いですが、仕事を貰っている発注元にM&Aをしてもらえば階層を一つ減らすことができるという考え方もあります。ただし、発注元は従来の下請け構造にメリットを感じているものの、自社で職人を抱えることを望んでいないというケースも往々としてあるので、その場合は買手にとってM&Aする魅力が無い話となってしまいがちです。また、発注元にM&Aを検討している旨が伝わることは時としてリスクになるので、気軽に②の話を持ち込むのは危ないこともあります。
③のケースは、例えば、異業種の買手がM&Aするようなケースです。
売手と買手の関係性としては、一緒に現場仕事をするというよりも、資金援助に近いようなイメージで、買手は売手と必ずしも同業種である必要はありません。もちろん、買手はM&Aをすることで投資した金額以上のリターンが見込めることを期待するので、相当安い金額でのM&Aか、もしくは、目先の資金繰り等の問題をクリアにする・積極的な事業投資をすることで重層下請け解消が逆に買収した会社にとってメリットがある展開が見込める、などといったケースでないとハードルが高いように思われます。
他にも様々なケースがあるかと思いますが、M&Aで重層下請け解消の問題から逃れることを考えるのであれば、「現在の重層下請けの階層から離脱すること」や「重層下請けの階層を減らす効果のあるM&Aをすること」、あるいは、買手の経営資源を使って「元受けになれるM&Aをすること」、というテーマでストーリーを作り、それに向けたアピールの仕方を検討しつつ、買手を探していく、ということが求められます。
相談する仲介会社を間違えると倒産する可能性もある?
重層下請け解消により事業が立ちいかなくなる、ということを解決するための方法としてM&Aは有効です。
ですが、相談する先を間違えると会社が倒産する可能性もあります。
少し大げさかもしれませんが、実際にそういったリスクを抱えてしまった会社があるため、注意喚起も含めて実例を取り上げておきます。
某建設業の許認可を持つ工事会社が、顧問税理士の紹介で大手上場の仲介会社に相談に行き、M&Aを進めるべく仲介契約を締結。
仲介を請け負った仲介会社は、売主の許可を得ずに、売手企業にとって顧客にあたる発注会社にM&Aの許可を得るべくアプローチを開始。その結果、売主が認知していないところで、発注会社に売手企業がM&Aを検討している情報が漏洩。
売主が仲介会社に、無断で発注会社にM&Aの話をした理由を問いただすと、仲介会社は「〇〇グループは発注会社がM&Aを仕切っているので会話した」という回答。
結果、売主は発注会社から厳重注意を受け関係性が悪化。さらにM&Aを検討している旨が発注会社に伝わってしまったことから、いつ仕事が切られるか分からない状況に陥る。当然仕事が切られれば会社の存続が難しいため、倒産も意識するようになった。
このトラブルはまだ表沙汰にはなっていないように思いますが、大手であってもこういった問題行動をする仲介会社がいるという参考になる事例かと思います。
本来、仲介会社が買手に打診する前には、売主にどの買手に打診するかは許可を得る必要があります。今回の事例ではそれをしていない点で仲介会社に過失があります。正しく言えば、打診ではなく情報漏洩です。たとえ、最終的に発注先の許可を得る必要があったとしても、それを仲介会社の判断で行ってはいけません。実際、今回のように売主と売手企業に甚大なリスクを与える話になってしまうような事態になるからです。
売手企業が、一つの重層下請けを構成する重要な企業の一つであったり、一つのサプライチェーンを構成する重要な企業の一つであった場合は、通常のM&A以上に企業間の立場や関係性を十分把握して、もしトラブルが起きた際にはプランBに移せるような選択肢を用意しておく必要があります。当然、そのプランBというのも売手企業だけで考えたところで買手企業が同調しないと成立しませんので、先に売手と買手で事前に話を煮詰める必要があります。
実際のところ、仲介会社やコンサルタントによって進め方はかなり異なります。
中には、売主から仲介契約を貰うために具体的な買手候補を用意しようと、売主の許可を得ずに買手に打診してしまう仲介会社も結構います。こうした仲介会社にM&Aの相談をしてしまうと、たとえ仲介契約を結んでいなかったとしても、情報漏洩に繋がってしまうことに繋がってしまうので、むやみやたらに仲介会社に声を掛けるとうのも実はリスクがあります。
弊社では、新人のコンサルタントが担当することはありませんし、無断で打診することは一切ありません。中小M&Aガイドライン第三版への移行もいち早くしているとともに、ガイドライン以上に厳しい基準を社内で設けていますので安全性の高いM&A進行をお約束しております。是非、一度無料相談にお越しいただければと思います。
なお、仲介会社を使わずともM&Aは可能です。
重層下請けの解消を契機に同じグループの仕事をする同業内で資本提携の話が起こるということも無いわけではありません。スムーズに資本提携が行われるのであればそれも一つの結論かと思います。難しいのは、企業評価やM&A対価の話になった時に、交渉力が強い方やM&Aの知見がある方が有利になることもあることだったり、色々な買手候補を並べて検討するという段取りが自力では難しいといったところかと思います。そういう点では仲介会社などを使うメリットはありますので、色々な方法を検討してみるのがよいでしょう。
重層下請けの解消は降って湧いた災難かもしれませんが、自社の努力だけではない方法もありますので、様々な選択肢を検討しつつ、自社にとって最適な答えを見つけていただくのがよいかと思います。
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