これからM&Aで会社を売却しようとしている方にとっては、自分の会社がどのくらいの金額で売却できるかは最大の関心事だと思います。
弊社にご相談に来られる売主様の中には「〇〇円以上でなければ売る気はない!」と仰られる方もいます。
希望の売却金額をいくらにするかは売手側の自由なのですが、当然高すぎると買手が付かずにM&A成立まで至りません。
では、「できるだけ高い金額でありながらも、買手が付く金額感」というのはどのくらいの水準をいうのでしょうか?
会社の純資産に営業権を3~5年のせたくらい?
こういった決め方は必ずしも正しくありません。当然ですが、中小企業のM&Aにおいても需要と供給の関係はあり、人気のある業種であれば会社の業績とは関係なく高い金額になる可能性もありますし、その逆もあります。
業種や取引金額の規模に応じた「相場」というのも存在します。
ここでは、実際にM&Aが成立したデータに基づき、どのような傾向があるか、どのような対策を立ててM&Aに取り組めばよいかについて考えてみたいと思います。
できるだけ高く売却したいという会社オーナーにも参考になりますし、適正価格で買収したいという買手企業にも参考になると思います。できるだけ分かりやすい言葉で解説していきますので、最後までお読みいただけると幸いです。
業種別・中小企業の実際のM&A取引相場
まずは、業種別のM&A取引条件の相場を見てみましょう。
業種別にどのくらいの値付けがされてM&A成立に至っているのかをデータで見ていきます。
実際のM&Aでは財務的な部分で、現預金をたくさんため込んでいるのか、あるいは、借金で首が回らないのか、など財務状態を確認してM&A取引金額を決めますが、この財務状態は会社それぞれですので単純に比較できません。なので、ここでは相場の水準感を測るために「PBR(株価純資産倍率)」という指標を使います。
PBRというのは、次のような計算式で求められる指標です。
実際にM&Aで取引できた金額は、会社の決算書上の貸借対照表の純資産額の何倍だったか、という数字を示すもので、「1.0」なら決算書上の貸借対照表の純資産額と同額で売却でき、「2.0」なら純資産額の2倍の金額で売却できたという見方をします。
つまり、このPBRが高ければ高いほど、財務状態から考えて高い水準で売却できた、といえます。
ここで、業種別に集計したPBRの数値を見てみましょう。
※中小企業庁「M&A支援機関登録制度実績報告等について」及びM&A支援機関登録制度HP「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」を加工
こちらは、中小企業庁が公表している業種別のPBR値になります。
中央値というのが、全取引をPBRの小さい順に並べたときの真ん中に当たる値で、ここでは業界毎の相場として扱います(ちなみに、第一四分位は小さい方から25%に当たる値、第三四分位は小さい方から75%に当たる値です)。
このPBRの動向を見た時に、以下のことが分かります。
・「建設業」「製造業」「卸売・小売業」は第三四分位が2.0を超えない
情報通信業とひとくくりに言っても分かりづらいですが、ソフトウェア開発業、インターネットを用いた情報処理・提供サービス業、アプリ開発業、各種メディアなどです。
PBRが高いということは、純資産よりも高い水準でM&A取引がされているということを意味します。
なぜ、情報通信業の相場が高いかというと、売手の数に対して買手の数が多いというかなりの売手市場という点があります。また、小資本で事業を立ち上げられる領域も多いため新規性のある事業が生まれやすく、売却する企業が売却時点でも持つ資産価値よりも、将来的な利益を見て値付けがされるため、純資産の水準からは乖離していくことも考えられます。
2022年度のデータから考えると、情報通信業の全体の75%が純資産の1.3倍以上で売却し、全体の50%が純資産の2.5倍以上で売却し、全体の25%が5.4倍以上で売却している、ということです。
しかし、2021年度から2022年度にかけて全体的にPBRが下がっているので、買手による高値掴みが発生しにくくなっている可能性もあります。
元々ソフトウェア開発業の案件では、大きな借入があってもそれなりの金額で売却できたり、のれんを営業利益の7倍のせても売却できますと焚きつけるM&A業者が存在していたり、と少し他の業界と比べ異常な雰囲気もあったので、買手としては高値掴みをしやすい環境にあったと思いますが、これが少し是正された、と見ることもできるかもしれません。
また、建設業・製造業・卸売業・小売業については、第三四分位が2.0を超えない、つまり、全体の75%以下が純資産の2倍以下で売買がなされている、ということです。
このような業界は売手の会社の数も多く、買手の交渉力も高いケースもあります。また、ビジネスモデルとしても似ている部分もあるため、ある程度の相場観も作られやすい特徴があります。
この業種の会社がM&Aでの売却に取り組む場合、もちろん会社にもよりますが、純資産の2倍を希望金額とした場合、買手からは相対的に割高だと判断される可能性もあるので注意が必要です。
純資産別・中小企業の実際のM&A取引相場
次に、純資産別のM&A取引条件の相場を見てみましょう。
純資産別にどのくらいの値付けがされてM&A成立に至っているのかをデータで見ていきます。
先ほどと同様にPBRで示したものがこちらになります。
※中小企業庁「M&A支援機関登録制度実績報告等について」及びM&A支援機関登録制度HP「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」を加工
売手企業の純資産額が500万円~1,000万円の場合、中央値は2022年度でPBR1.8倍、2021年度でPBR1.6倍、という読み方になります。例えば、純資産額が500万円であれば、1.8倍の900万円で売却できた、ということですね。
このデータを見ると、傾向として「純資産規模が小さければ小さい程、PBRが高くつきやすい」ということが分かります。
この原因として考えられるのは一例としてこのようなところかと思います。
・M&A業者の手数料で逆ザヤにならないよう、最低許諾金額が上がりやすい
・小規模案件の方がバリュエーションがノンロジックになりやすい
中小企業のM&Aでは年買法というバリュエーションの方法がありますが、ここでは「純資産+営業利益×数年分」というような計算方法をします。純資産が小さければ小さい程、営業利益の影響を割合として大きく影響を受けるので、小規模案件の方がPBRが上がりやすいことが考えられます。
また、M&A業者の手数料については、「最低報酬額」という設定があり、例え株価が1円で譲渡されたとしても何百万円、何千万円と手数料が発生する可能性があります。当然売手としては、M&Aして受け取る金額よりもM&A業者への手数料が大きくて結果赤字になる、という展開は望みませんので、「手取りはゼロでもいいから、最低でもM&A業者の手数料は払える分は欲しい」という要求をすることがあります。この結果、PBRでみると少し高いM&A金額に落ち着くこともあり、それがこのデータに反映されている可能性もあります。
純資産が小さい案件は、M&A金額としてもそれほど大きな金額にならないこともあり、買手がM&A金額を計算する上でもあまり論理的な理由なく金額が決定するということもあります。これは買手が個人であったり、利害関係者に説明する必要のないオーナー企業であったりするということもありますが、あまり専門家が介在せず金額が決まるということもしばしばあります(一流の士業の先生などにDDさせると、専門家費用がM&A金額に対して割高に感じる水準になるというのもあると思います)。結果、PBRが高く出るということです。
仲介会社の行う株価査定の問題点
今回お伝えした内容は、中小企業のM&Aで成約したデータとして出ているものですので、あまり情報の出にくいM&A条件について一つの参考になると思います。
多くの売手オーナーはまずM&A業者と会話をし、彼らが出す株価査定をもとにM&Aでの希望条件を考えます。
ただ、この株価査定というのは、年買法であったり、上場企業の財務数値を利用した類似会社比較法であったりするので、中小企業のM&Aにそのまま当てはめて動き出すと、買手が思う以上に高かったり、低かったりということが起きます。
買手が高いと思えば交渉に進む前に話が終わってしまうこともありますし、買手が低いと思うような場合売手にとっては機会損失にもなりかねません。
とりわけ、情報通信業はPBRが高めに出ることもあるので、売手としては同業の情報通信業にM&Aの候補先として打診せず異業種の相手先と交渉していると他の業種のPBR水準で譲渡することに繋がってしまったり、買手としては同業種のM&A交渉を持ち込んでも売手には箸にも棒にも掛からない、ということにもなってしまいます。
そう考えると、相場としてどのくらいかをある程度把握した上で、会社毎の個別の事情も踏まえて交渉に臨むのが大外ししない進め方ということもできます。
弊社では、電気・電子・機械の分野において、今回のデータよりもより詳しい情報を保有しており、個別具体的にどういった会社がどういった水準感で買収を行ったかなども把握しています。
適切な相場観での交渉で納得のいくM&Aとしたい方はご相談いただけると幸いです。
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